幸せになれる翻訳料とは

翻訳者として独立する前、私はある翻訳会社に勤めていました。
しかし、そこでは「誰も幸せになれないシステム」ができあがっていました。

会社が嫌いだったわけではありません。社長は特に悪い人ではなかったし、同僚も性格に問題のある人はいませんでした。

では問題はどこにあったのか。その原因は、一言でいうとお金です。

プロの翻訳者のひどい翻訳

私は翻訳のチェックや、翻訳者のコーディネートをしていましたが、チェックには非常に苦労しました。翻訳の質が、お世辞にもいいとは言えなかったのです。

勤務初日、私は「プロの翻訳者」というものの訳を読みました。相手はプロだから、多くのことが学べるだろうと思いっていたのですが、いきなり首をかしげました。

「あっ、この人はserialって言葉の意味をわかってない!」
「パラレリズムができてないな…」
「三単現のsが抜けてる…」

安い翻訳者、安いチェッカー、安っぽい翻訳

結局、チェックにはすごく時間がかかり、社長に少し叱られました。その人の訳だけではなく、他の多くの人の訳もかなり問題がありました。中にはうまい人もいたのですが、そういう人の多くは、やがて案件を受けてくれなくなりました。それはなぜか。翻訳料が安かったからだと思います。

色々な経験を通して学んだことは、安い翻訳者は安っぽい翻訳をしがちだということです。そういう安っぽい翻訳をチェックするのは、安い給料で働くチェッカーです。私の実力も大したものではなかったと思います。それに、何せ納期があるので、翻訳を直そうと思っても十分な時間が割けるわけではありません。

安い翻訳者と安いチェッカーでクライアントに納品するのは、やはり安い翻訳でした。そういう訳ですから、品質では満足をいただけないことが多かったというのが、ごく正直なところです。

安い翻訳者と安いチェッカーで安い翻訳をするというシステムは、結局のところ、クライアントを含め誰も幸せになれない、全員が不幸になるシステムだということに気付きました。

悪循環から抜け出すために

そこで社長に、もっとよい翻訳者を使うように、そして翻訳者への支払いをもっと良くするように何度も訴えました。よく「君に給料を払っているのは誰なのか、君は会社の損になることばかり考える」と叱られましたが、私は真剣に会社のことも考えて発言していたのです。

クライアントに対しても、私は料金をしっかり請求し、色々な形で値段を上げてもらえるよう交渉しました。社長は「クライアントが逃げる」と及び腰でしたが、私は「金を払わないやつは客じゃない」くらいに思っていました。あまり口には出しませんでしたが……

もちろん、私は限られた環境の中で、納品物の質を上げられるよう勉強し続けました。そして、社長に「この給料では食っていけない、この経営状態だから給料を上げてくれとは言わないが、在宅の仕事を私にもさせてほしい」と直談判して、認められました。

さて、クライアントへの請求額はいくらか上がりました。しかし翻訳者への支払いも私の給料も、一向に上がりません。そのうち、私の状況を知った大学時代の後輩が、在宅の仕事を依頼してきました。それで、私は会社を辞めたのです。(社長も理解をして下さり、円満に退社できました)

私はとても恵まれていました。紹介された仕事のレートは、以前の翻訳会社よりも格段に良いものでした(というよりも、前の会社が少なすぎたのでしょう……)。その後、私の仕事ぶりを知っていた別の翻訳会社の方も、私を翻訳者として使いたいと声をかけてきてくれました。

幸せになれる翻訳料とは

私の考えは絶対正しく、以前の会社は間違っていたかというと、それは何とも言えません。私が翻訳者になれたのも、業界の仕組みの一端を知れたのも、私を拾ってくれた会社のおかげです。私はそのことに感謝していますし、腕のよくない翻訳者が最初のステップを踏み出すような場所も、必要なのでしょう。

聞き及ぶところによると、以前の会社は、私よりもっと給料の低いチェッカー(最低賃金さえ下回るそうで…契約上は請負なのでしょうか?)を雇い、翻訳者にはもっと低い仕事をさせているそうです。このシステムによって、誰かが幸せになるのか、それは私には何とも言えません。

一方私は、自分の思ってきたことを実践しています。

クライアントに対しては請求すべき料金はしっかり請求し、そのかわり相手が満足できるものを納品するようにしています。また、私の仕事を手伝ってくださる方々にも、可能な限り、払えるものを払うように心がけています。クライアントに交渉して翻訳料が上がった時は、チェックをしてくれる方にもちゃんとそのことを伝え、料金をシェアしています。

今の私は幸せです。協力者は不満を言わずにしっかり仕事をしてくれます。そして、クライアントの方々も満足してくださっているようです。

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